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先生は除虫菊、理想的な殺虫成分ピレスロイド


昆虫はノックダウン、人にはほぼ無害の理想的な殺虫剤 
蚊、ハエ、ゴキブリ、シラミ、ダニ…、私たちの身の回りには、暮らしを脅かす様々な害虫がいます。中でも蚊は、アフリカのマラリアや米国のウエストナイル熱で見られるように、今も死に至る病を媒介する侮れない存在です。こうした害虫の被害から生活を守るため、これまでにいろいろな殺虫剤が開発されてきました。
現在、家庭用殺虫剤として使用されている有効成分としては、「ピレスロイド」が90%以上を占めています。それは、他に比べて圧倒的に高い選択毒性を有する化合物だからです(表1)。

表1 殺虫剤の主な有効成分と選択毒性
昆虫に対し極めて微量で高い殺虫活性を示す一方で、温血動物にはほとんど無毒という、家庭用殺虫剤として理想的な特長を備えています(表2)。

表2 ピレスロイドの特長

ピレスロイドの作用機作については未知の部分もありますが、中枢および末梢神経系に作用し、ナトリウムイオンチャネルを撹乱させて正常な神経伝達を阻害すると考えられています。ピレスロイドが昆虫の体内に入るとすぐ神経系に作用して、反復興奮による異常興奮および興奮伝導の抑制を起こし、痙攣、麻痺に陥らせます。一方、人など温血動物の体内に入った場合、ピレスロイドは酵素の力で速やかに代謝されます。しかも私たちの身体は昆虫と違って神経系が複雑なため、中枢神経に作用する前にほぼ解毒されてしまい、毒性を示さないというわけです(図1)。

図1 ピレスロイドの作用

天然の除虫菊が先生、ピレスロイド合成研究の歴史
この理想的な殺虫成分ピレスロイドは、除虫菊(シロバナムシヨケギク)の花から発見されました。その効果は数百年も前から知られており、19世紀中ごろの欧米では乾花を粉末にして利用していました。1885年、初めて日本に除虫菊が伝えられると、1890年には、線香に練りこむという画期的な用法が考案され、いまや世界中の定番となった「蚊取線香」が誕生しました。蚊取線香の需要拡大に伴い除虫菊の栽培が盛んになりましたが、天然栽培では応えきれなくなってきた20世紀初頭からは、優れた性質を保ちながら、より安価に安定的に生産でき、しかも天然物にない特徴まで併せ持つ化合物を目指して様々な合成技術の研究が進みました。その発展には、多くの日本人化学者が重要な役割を果たしてきました。

1. 絶対構造の解明・・自然のすばらしさ
図2 天然ピレトリンの絶対構造
「ピレスロイド」とは、除虫菊に含まれている天然の成分(天然ピレトリン)およびこれと化学構造のよく似たピレトリン類似の合成化合物(合成ピレスロイド)の総称です。
ピレスロイドの化学的研究は1910年頃から始まりました。はじめの50年は天然ピレトリンの化学構造の解明が行われ、6種の殺虫成分が含まれていること、それらはいずれも酸とアルコールからなる構造類似のエステル化合物であることが判明しました(図2)。
ピレトリンは不斉炭素を持つためいくつかの光学異性体が存在します。光学異性体は、物理的、化学的な性質にほとんど違いがないのに、毒性などの生物的な作用は全く異なります。除虫菊の花は、その中から最も殺虫効果の高い構造を自然に合成しているから不思議です。

2. アルコール部分の改変・・線香へ、電気蚊取りへ、エアゾールへ
解明された構造を元に、1960年代からは合成ピレスロイドが次々と発明されました(図3)。まずは、アルコール部分を簡略化した化合物の合成が主に行われました。1949年に第一号として誕生した「アレスリン」は、天然成分のシネリン氓ノ類似しますが、熱に対する安定性が高いため、天然ピレトリンに替わって蚊取線香に広く使用されるようになりました。その後、殺虫活性の優れた光学異性体を選択的に合成する研究が進み、今日ではアレスリンの光学活性体( dl, d-T80-アレスリンや d, d-T-アレスリン等)が主体になっています。その他、蒸散性の高い電気蚊取り用、即効性の高いエアゾール用など、家庭で使用する種々の剤型に適した様々な殺虫成分が実用化されました。

3. 酸部分の改変・・農業用へ
第一菊酸と呼ばれるピレスロイドの酸部分は、光や空気によって分解を受けやすいため、農業用に用いるには野外における耐候性が足りませんでした。そこで1970年代は酸部分の改変が活発に行われ、数多くの農業用、害虫発生源対策用のピレスロイドが創製されました。中でも、「フェンバレレート」は、それまで必須と考えられていたシクロプロパン環を有しない画期的なピレスロイドで、今も農業用として広く使用されています。

4. エステル結合部分の改変・・魚にもやさしく
従来ピレスロイドの弱点として挙げられていた農薬の魚毒性を改善するため、1980年代はエステル結合部分の改変が試みられました。通常のピレスロイドの魚毒性が3段階のうちCランクに区分されるのに対し、この時代の研究により生まれた「エトフェンプロックス」はBランク、「シラフルオフェン」はAランクへの改善を達成しました。特にシラフルオフェンは低魚毒性のみならず広範囲な殺虫スペクトラムと温血動物に対する安全性を兼備することから、水稲用農薬として年々使用量が増加し、アジア諸国での実用化も検討されています。

図3 合成ピレスロイドのいろいろ

これからのピレスロイド・・もう一度原点に返って
最近、家庭用殺虫剤の新しい剤型として、加熱なしで殺虫成分を揮散させる蚊取りが開発されました。これに用いられる「トランスフルトリン」や「メトフルトリン」(図4)は、フッ素原子を導入したベンゼン環をアルコール部分に持たせることで揮散性を高めています。ファン式やネット状など、火や電気を必要とせず、屋内外問わずに使える蚊取りの登場は、害虫被害に悩む世界中からの注目を集めています。
このように、ピレスロイドの展開はますます多様化する傾向が見受けられます。これまでに開発された多くの合成ピレスロイドの中には、効力アップや使用目的に応じた特性が付与されて天然ピレトリンの構造から随分かけ離れた化合物もありますが、今後永きにわたりピレスロイドの有効利用を継続していくためには、もう一度、除虫菊の原点に立ち返り、その優れた特長が失われない方向を目指した開発も望まれています。

図4 揮散性の高いファン式蚊取り用ピレスロイド
(取材協力 大日本除虫菊株式会社 住友化学株式会社)

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